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2008年4月22日 (火)

世界経済1820年への回帰

匠です。

先週4/18金曜日、国際シンポジウム「インドの潜在力と世界経済」を聴きに行ってきました。
スピーカーは以下4名

・ 小島 明 日本経済研究センター会長(兼モデレーター)
・ イーシャー・アルワリア インド国際経済関係研究所会長
・ アン・クルーガー 米ジョンズ・ホプキンズ大学教授
・ 榊原 英資 早稲田大学教授、同大学インド経済研究所所長

榊原 英資さんは以前“ミスター円”の名で通っていましたが、最近では“ミスターインド”と言われるほどのインド経済研究の第一人者です。

内容的に、特に目新しいものがあったわけではありませんが、榊原さんの話で1820年代、世界経済の半分は中国・インドで占められていたが今後の世界もそうなっていくだろう、つまりRe.Orientだというのがありました。

これはちょっと調べておこうと思い検索した結果、少し古いですが

財務省管轄の財務総合政策研究所[アジア経済情勢研究会:報告書]
“通貨危機後のアジア経済の動向について”(座長 東京大学東洋文化研究所所長 原 洋之介)

第九回研究会(平成11年6月14日)
http://www.mof.go.jp/jouhou/soken/kenkyu/zk013k.htm

で総括されている内容がよくまとまっているので以下抜粋して記しておきます。
しかし平成11年にここまで話し合われているのに、このレポートは役立てられているんでしょうかねぇ?

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③ 世界経済史の流れ

(A)産業化の流れ

 グローニンゲン大学のアンガス・マディソンという有名な教授が、世界の経済成長を数量的に取り扱うという作業をプロジェクトとしてずっとやってきており、OECDから有名な「Monitoring the World Economy,1820-1992」を出版している。これは学問的にはまだ問題が非常に多いものだが、今回はそういう問題は全部抜きにする。マディソンは、この約2世紀にわたる世界経済の動きを、国民所得と人口によって推計している。価格は1990年を基準とした一種の購買力平価になっており、それをドル価格換算したものである。

 マディソンは、1820年と1992年のGDPと人口について分析しているが、1820年に世界経済のGDPに対する各国のシェアを見ると、第1位が中国の28.6%、第2位がインドの16.0%、日本は6番目にあって 3.1%、アメリカ合衆国は1.8%にすぎない。人口比も中国とインドを足すと世界人口比で50%を超える。したがって、この19世紀前半の1820年頃は、世界の人口センターも経済のセンターもアジアにあったということは言えるのではないかと思う。

 ところが、1820年のアジア各国の1人当り所得はかなり小さい。これは、アジアは人口が多いからで、一方ヨーロッパ、アメリカ、特にイギリスは高いということになる。しかし、これは、この以前の18世紀半ば以降、産業革命、もっと重要なのは農業革命というものがあって、ヨーロッパは人口が少なくて土地が余っているので労働生産性が非常に上がったということによる。ヨーロッパはそういう初期条件のもとに、高い1人当り所得のレベルから、19世紀の産業化が始まっているわけだ。

 しかし、アジアの1人当り所得は低く、日本が704ドル、インドネシアが614ドル、中国520ドル、インド531ドル、タイは約680ドルという数字が出てくる。この低い理由は、東アジアは、18世紀後半に、既に大きな人口増加があり、その人口増加で土地が足りなくなった。アジアの農業は水田が中心で、モンスーン気候帯にあって、労働吸収型、つまり村の中に多くの人口を吸収していくような社会をつくっていた。そういう中で、1人当たり国民所得というのは、1人当たり労働生産性の代理変数だとすると、労働生産性は低い。しかし、土地の生産性をはかると、アジアはヨーロッパに比べて圧倒的に高いという数字が出てくる。つまり、18世紀後半に、エコロジー、人口、土地、いろいろな側面でアジアとヨーロッパというのは違う近代への入り方をしていったわけだ。そして、こうした初期条件の違いを反映して、アジアの1人当り所得は、非常に低いが、人口が多いことから世界経済の中心であったということになる。

(B)アジアの高度成長

 日本の1人当り所得は1820年の704ドルから、1992年に1万9,425ドルへ急増しており、これはやはり約2世紀にわたって大奇跡が起こったと言えるのではないか。明治維新直後の1870年に741ドルであることから、江戸時代後期50年は経済がスタグナントであったといえる。ただし、その以前は経済成長が非常に高かったということは、最近の日本経済史の中でいろいろ議論されている。いずれにせよ、こういう形でアジアの中で日本が興り、その後の1人当り所得で見ると、1950年以降のアジアの成長率は非常に高いということがわかる。ヨーロッパ、アメリカは、それに比べると成長率が低い。欧米とアジアの経済規模の趨勢を比較すると、例えば1820年に欧米先進8カ国のGDP総額が1,360億ドルであったのに対し、日本、インド、中国、タイ、インドネシアなどアジア最大8カ国の総額は3,430億ドルであり、アジアがほぼ3倍弱の規模であった。ところが、1950年には欧米先進国の2,527億ドルに対してアジアは842億ドルへと低下している。そして、1992年には、アジアの高度成長によって、欧米先進8カ国の総額10,209億ドルに対してアジア最大8カ国の総額は8,871億ドルへと回復してきている。また、同推計によると、1992年に世界のGDPに占めるアメリカの比率が20.3%、それに対して、既に中国が12.9%、日本が 8.6%、インドが、第5位で4.2%である。アジアは、世界人口の中心にあり、再度、世界のGDPに対する比率も回復してきているということになるのではないか。

 このマディソンのデータを使ってアジア開発銀行が危機の前に出した有名な「Emerging Asia」の中に、以下のような話が出てくる。アジアは1820年、今から2世紀前に、ヨーロッパの産業革命が起こってくるころ、世界経済のGDPの6割弱を占めていた。ところが、1940年から1950年にかけてヨーロッパが急成長し、アジアのシェアが低下して、世界のGDPの2割以下の19%程度になった。それが1992年になると3割強にまで回復している。

 そして、2025年に──なぜ2025年なのかはよくわからないが、──ちょうど1820年の数字に戻るであろう。つまり、アジアは世界のGDPの57~58%まで回復するのではないか。こういう大きな見通しがアジア開発銀行の「Emerging Asia」の中に書かれている。もちろんこういう数字はテクニカルな面でいろいろな問題があるのだが、私はこの動きというのは世界史の大きな流れなのではないかと思っている。

 インド、中国を含む、我々が研究会でほぼ対象にしてきたこのアジアが、対ヨーロッパ、対アメリカで貿易赤字になったのは、実は戦後にすぎないのである。植民地時代も貿易はほとんど黒字である。貿易黒字だから投資収益が上がるわけであるが、インドの経済史家がコローニアル(植民地的な)ドレーンと言っている。つまり、アジアに金銀が行ってしまって、全然帰ってこない。それから、中国も「世界の銀がたまる国」と言われていた。これは、綿、お茶、砂糖、陶器といった物産はほぼアジアから流出していたが、一方アジアでは毛皮などは暑くて着ないので寒いヨーロッパには売るものがない。したがって、銀でしか決済ができないという形になっていた。これが、19世紀初頭までのアジアとヨーロッパとの関係ではないかと思っている。

 そういう中で、産業資本主義というものが出てきて、アジアは相対的に没落の一途をたどっていくわけである。その過程で、いつの間にかヨーロッパの中に大きな自信ができ、先ほど言ったオリエンタリズム的な思考というものが出てくる。しかし、第2次世界大戦後、特に1950年代、1960年代以降、我々の現前でアジアの経済に何が起こっていたのか。もちろんさまざまな問題があった。しかし、それはこういう大きな歴史の転換、つまり、アジアから世界経済の中心がヨーロッパへ、ヨーロッパから19世紀後半から20世紀にかけて20世紀システムと言われる形でアメリカへ、アメリカへ移ったものが、今度、渡辺利夫さんが十数年前にお書きになった本がいみじくも言っているように「西太平洋」の時代に移ってきた。そういう大きな流れがあって、その中にアジアの高度成長があったのではないか。そのような視点がやはり必要ではないかと思っている。

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2008年4月18日 (金)

マーラーを聞くガネーシャ

今年に入ってマーケットも大荒れやけど、自分を信じなあかんでぇ
辛いこともあるかもしれんけど…
そんな時、わしマーラー交響曲第2番ハ短調「復活」を聞くんや

第5楽章で歌われるドイツ近代詩の祖フリードリヒ・クロプシュトックの歌詞がまた絶妙やで
日本語訳、下に書いとくから自分もよう味わってや!

そしたら、わしこれから日経新聞社主催の国際シンポジウム「インドの潜在力と世界経済」聞きに行ってくるわ

Photo

歌詞(マーラー交響曲第2番ハ短調「復活」第5楽章)

よみがえる、そう、汝はよみがえるのだ。
私の塵は、短い安らぎの後で。
汝を呼んだ永遠の命が
汝に与えられる。
種蒔かれた汝は再び花を咲かせる。
刈り入れの主は歩き、
我ら死者の
束を拾い集める

おお、信ぜよ。わが心よ! おお信ぜよ。
失うものは何もないのだと!
汝のものーそれは汝が望んだもの
汝のものーそれは汝が愛したもの、戦って来たものなのだ!

おお、信ぜよ。汝がいたずらに生まれて来たのではないのだと!
いたずらに生を楽しみ、苦しんだのではないのだと!

生まれて来たものは、滅びなければならない。
滅び去ったものは、よみがえらねばならない。
震えおののくのをやめよ!
生きるために汝自身を用意せよ!

おお、苦しみよ! 汝は全てにしみ通る。
おお、死よ! 全ての征服者だった汝から
私は逃れ出る!
今こそ、汝は征服されたのだ!
私は勝ち得た翼をたずさえて、舞い上がろう!
愛の命ずる求心力の中へと
眼にも届かぬ光のもとへ!

私が勝ち得た翼を広げて、
私は舞い上がろう!
私は再び生きるために死ぬのだ!
よみがえる、そう汝はよみがえるのだ。
私の心よ、今ただちに!
汝の高鳴ったその鼓動が
神のもとへと汝を運んでいくだろう!

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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2008年4月11日 (金)

ガネーシャせがれ

おっちゃん、あほやなー
株っちゅうのんは、ときたまごっつ動くねん
ほんなもん、“当たり前田のクラッカー”やんけ
今は安うて難儀かもしれんけど、またぶいぶいいわす時もくるて!

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2008年4月10日 (木)

ガネーシャよめはん

アホやなぁ、あんたなんで自分のこと信じられへんの

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2008年4月 9日 (水)

ガネーシャ式

“自分らの投資って、ホンマにそれでええのんか?”
(ちょっとまねてみました…)

Gane2008

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2008年4月 8日 (火)

夢をかなえるゾウ

関西弁をしゃべるインドの神様「ガネーシャ」が成功へ導く?というエンターテイメント系自己啓発本。

とても面白かったです。

インドでも「ガネーシャ」は神様の中で一番人気だそうですが、あらためて見ると、神様にしてはとても愛嬌があるように思えます。

神様も“顔”じゃないんですね!

夢をかなえるゾウ

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2008年4月 7日 (月)

Making of Takumi's Theory

匠です。

アップが途中とびとびになりながらでしたが、匠が考える市場メカニズムの一部をまとめてみました。

たぶん、これを読んで納得したからといって、儲かると思った人はいないと思います。

結局、重要な部分である群衆行動の尺度を何に求めるのか?ファンダメンタルズの尺度はという部分に触れていないからです。

この二つの部分に何を使うのかは、投資家それぞれが決めることであり、特に決まっているものではありません。

群衆行動の尺度に出来高移動平均を使おうが、他のVRを使おうが、またファンダメンタルズの尺度にPERを使おうが、イールドスプレッドを使おうが自由です。

匠の想像ですが、著名な投資家であるピーター・リンチ氏もウォーレン・バフェット氏も、株価が完全なランダム・ウォークとは考えていないと思います。

彼らには彼らなりの群衆行動の尺度、ファンダメンタルズの尺度があり、それらに正しいとか間違っているとかの教科書的判断は通じないのではないかと匠は思っています。

匠はファンダメンタルズの尺度を考える時、独自の理論として『資産価値効用の三面等価』というものを意識していますが、このことに関しては、また日を改めて解説したいと思います。

最後に、この『コヒーレント仮説』について解説されたトニス・ヴァーガ著 『複雑系と相場』を以下写真付きで紹介いたします。

匠

でも、この本4200円(税別)もするんですよね~

内容からすれば高くはないと思いますが、一般の投資家にとってはちょっと・・・という値段ですよね。

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2008年4月 4日 (金)

ウォール街のランダムウォークから群衆行動への遷移

匠です。

この社会的模倣理論に倣うと、株式市場はそのファンダメンタルズ要因とテクニカル要因によって全く違う性質のリターン分布へ変化していくと考えられます。

それは、温度が変化することによって、氷から水そして水蒸気へと状態が変化するかのごとくです。(このことを相転移といいます)

水の体積を水蒸気の時と氷の時の平均としたら、無意味なデータになるのと同様、株式市場において、異なった状態から得られたデータを一緒にして平均することは、各状態において存在する特性を覆い隠してしまうことに他なりません。

そのために、株式市場の状態遷移について確かなイメージを持っておくことが必要ではないかと匠は思っています。

それでは最後のまとめとして、株式市場の4つの遷移状態について、以下図示します。

 

①真のランダムウォーク(効率的な市場)
  中立的なファンダメンタルズ(k=1.8、h=0)

B1

                 図8. 真のランダムウォーク

 

②不安定な遷移相(非効率的市場)
  中立的なファンダメンタルズ(k=2、h=0)

B2

                 図9. 不安定な遷移相

 

③コヒーレント市場 (※コヒーレント:一貫性のある)
  強気のファンダメンタルズ下での群衆行動(k=2.2、h=0.02)

B3

                 図10. コヒーレント市場

 

④カオス的市場 (※カオス:混沌とした)
  若干弱気なファンダメンタルズの下での群衆行動(k=2.2、h=-0.005)

B4

                 図11. カオス的市場

上記のように、株式市場が4つの状態を取りうるという考え方は、古典的な投資理論にない仮説でありますが、匠の経験上納得できる仮説だと考えています。

最後に、『複雑系と相場』より、その特徴的な部分を抜粋してこの連載を終えたいと思います。
2週間にわたってお送りしました匠’s投資理論、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

コヒーレント市場仮説は、資本市場においては歴史的なリスクと収益率の比率が逆転してしまうような期間があることを主張するものである。たとえば、歴史的にみると、株式は約10%の総収益率と、20%のリスク(標準偏差)つまり変動性(ボラティリテー)を生み出してきた。コヒーレントな(一貫した)強気相場の期間では、株式からの収益率は約25%であり、他方、リスクは約10%に低下する。

(複雑系と相場p.22)

 

参考:複雑系と相場 トニス・ヴァーガ著 新田功・永原裕一訳(白桃書房)

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2008年4月 1日 (火)

社会的模倣の理論

匠です。

社会的模倣の理論の数式は非常に難しいのですが、そのエッセンスは

「複雑な社会集団はある条件のもとでは無秩序(ランダム)に行動するが、ある特定の条件下においては秩序立った行動をとる」

というものです。

一応、数式も紙に書いたものを写真にして以下アップします。
(フォントとかどうして良いかわからなかったので)

社

匠自身もこの数式は難しすぎて、完全に理解できるとはとても言えませんが、

『複雑系と相場』の解説より・・・

この数式は2つの投入係数を持ち、1つは市場心理を表すテクニカル要因の尺度kで、群集心理が投資家の心理を支配している場合2.2の最大値を取り、投資家が冷静で合理的思考が優越している場合1.8という最小値をとります。

もう1つは外的なファンダメンタルズのバイアスを表す尺度hで、ファンダメンタルズに正の強いバイアスがある場合+2、負の強いバイアスがある場合は-2でその間の値をとることになります。

それぞれ、どのような値をとった時、どのような分布となるか・・・

いよいよ次回最終回、秩序立った市場の条件について語ります。

 

参考:複雑系と相場 トニス・ヴァーガ著 新田功・永原裕一訳(白桃書房)

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